ドクトル玉置のコーナー (尼崎医療生協病院)

アトピーの原因 (2008年8月1日)

尼崎医療生協病院で診察を始めて4ヶ月が過ぎました。
アトピーの患者さんは多く来院されます。

しかし、淀川キリスト教病院時代と比較すると患者数は少ないですから、時間が十分あります。

十分時間をかけて話を聞いていますとアトピー性皮膚炎の原因は「ストレス、人間関係、不安」ということを確認して、さらに深めることが出来ました。

私が「ストレスや人間関係、不安」と言いますからストレスの原因を探したり、合わない人を探したり、不安の原因を探したりになるようです。ストレスは無いけどナアという声もあります。原因探しをしても仕方がない「アトピーが悪くなっているときはこれらのうちどれかが溜まってきているんだ」といっても納得出来ないときは出来ないようです。

ストレスは減らしましょうといっているわけではありません。ストレスはあって当たり前、そのストレスをバネにして物事に立ち向かっていく「可愛い子供に旅をさせろ」「若いときの苦労は買ってでもしろ」ということが大事です。

しかし、ストレスはまだ、受験とか、働かされすぎ、転職など見えやすいことが多い。逆に、人間関係や不安が原因とは見えにくいことが多い。不安と人間関係を中心にアトピーの原因を見てみたい。
 

人は一人で生きていけません。親子、夫婦、嫁姑、近隣、上級生・同級生・下級生、教師・学生、上司・同僚・部下などこういう関係は誰でもあるわけです。最近の親殺し・子殺し、行きずりの殺人、引きこもりなどの記事をみると人間関係がおかしくなっているからとしか思えません。

このこととアトピーの増加とは直接関係はありません。しかし、子供への接し方が分からない、結婚して初めてアトピーが出た、責任ある地位に着くとアトピーが出たり、悪くなったりなどは良く経験します。

姜尚中氏は「悩む力」集英社新書のなかで

「人と人がつながる方法は・・・・それぞれの人に悩んで考えて欲しい。(中略)他者を承認することは自分を曲げることではありません。
自分が相手を承認して、自分も相手に承認される。そこからもらった力で、私は私として生きていけるようになったと思います。
私が私であることの意味が確信できたと思います。」

と結んでいます。

自分が何者か気がついていない、というより考えていない人が多いのではないかと思います。

姜尚中氏は「悩む力」の中で訴えたかったのは「まじめに悩んで、まじめに他者と向き合う」そこになんらかの突破口があるのではないかと悩むことを推奨しています。

2008年7月1日付けのしんぶん赤旗に古茂田宏氏が秋葉原の無差別殺人事件に触れて加害者の中に

「自分を見て欲しい、承認してほしいという、人間的な、あまりにも人間的な要求が秘められていたようにも思うのです。
もちろんそういう承認は親密圏における具体的な他者からの言葉と眼差しを通して得られるのが普通でしょう。」
「しかし今日その親密圏はこの国のいたるところでずたずたに切り裂かれつつあるのです。」

と結んでいます。

NPO非行克服センター能重真作理事長も秋葉原の事件にふれて、深刻な雇用不安のもとで、彼の悩みに寄り添って受け止めてくれる場や、仕事が上手く行かなくても受け止めてくれる家族の存在が大切ですと7月8日のしんぶん赤旗で述べています。

一緒に考え、悩みを共有してくれる家族があったならば事件に発展はしなかったのではないかと話しています。

このように、不安や悩みを共有出来る仲間や、家族がいることは良いことですが、一方で家族などの不安が本人の不安を倍化させてアトピーを悪化させるケースもあります。

ステロイドを止めて10年、仕事をしたり、入院治療を行なったりと完全寛解ではなくて増悪、軽快を繰り返して入院していた患者さんがいました。
ある朝の回診時にステロイドを使ってコントロールしなおしてみようかと家族と電話で相談したといわれました。

「ステロイドを使うのも方法です。でも、今の状況でステロイドを使わなければならないほどの症状ではありません。しかし、使いたいという希望があれば何時でも処方します。使うなら使うで援助は惜しみません。しかし、使うかどうかは他人に責任を転嫁しないで自分で決めてください。」
といいました。

次の日に「ステロイドを処方してください。」といわれましたから、ステロイドを処方しました。
その次の日の昼過ぎに母親が新幹線を使ってお見舞いに来られました。まずいな、患者の不安が倍化しなければ良いがなと思っていたのですが、その日の晩に不安で入院中にもかかわらず飲酒をしてしまいました。

これなどは、母親はステロイドを使うことに不安があったのでしょうが、患者が自分で決めたことであるから「その方法でがんばれ」と寄り添って、暖かく見守ってくれていたら違った結果になったかも知れないと思うと残念です。

子供のアトピーの母親には「甘やかさないで、甘えさせて上げてください」というようにしています。
子供が大人になっても心配が先に立って心配を振り回して心配の2乗になっている親子も多い。じっと温かく見守るということが少ないように思います。

不安はあって当たり前、しかし、アトピーの人は大学受験でも「落ちたらどうしよう」と不安になります。
そんななことを心配しても仕方の無いことです。落ちないために勉強する、力をつけることが大事です。
ピアニストの方が忙しくて、体調が悪くなってきた、皮膚の調子も悪くなってきたと来院されました。何でそんなに忙しいのですかとお聞きしますと、

「オーケストラやバイオリンの発表会のピアノ伴奏に呼ばれて、それが集中して大変です」。
「それは大変なことではなくて貴男のことを評価されているから有り難いことではないの。忙しすぎるなら断ったら良い。」
「それは嬉しいことなので断りたくないのです。うまく伴奏が出来るかどうか心配なのです。」
「それなら、心配しているより練習したら済むことではないですか」と話したらほっとした顔をされました。

薬のチェックは命のチェック13号浜六郎氏が
「失敗は成功のもと」
「必要は発明の母」
「空腹は最高の料理人」
に続けて
「不安は危険を感知してその危険回避の工夫をするためのアンテナ」であると書いています。

不安があるから勉強する。工夫を試みることが大事です。
ステロイド一度でも使ったら成人アトピーになる、ステロイドを使ったら止められなくなる、ステロイドを止めたらリバウンドが来るなど根拠のない不安に苛まれています。こんな不安がアトピーを悪くする。
しかし、これは不安になる必要などありません。
情報が間違っているだけ、ないしは偏っているだけです。


淀川キリスト教病院と尼崎医療生協病院 (2009年9月6日)

                               
私は1997年の日本皮膚科学会総会のシンポジウムで医師と患者の関係を

  1. 医師主導型、
  2. 教育の関係、
  3. 共同作業の関係
    の3段階に分け、アトピー性皮膚炎などの慢性疾患は?の段階に属し、治療の中心になるのは患者であり、医師は正しい情報を提供するなどの援助者であると問題提起しました。

淀川キリスト教病院時代に「あとっぷ」に寄稿しましたが、こういうことがありました。
水治療や漢方治療で何度もステロイドを止めても上手くいかない患者さんが、ステロイドを止め、アトピーを治すために入院しました。

入院治療の基本は「間食禁止、飲み物はNOカロリー、病院の食事を食べ、昼間は適度に運動して早寝早起きをする」です。
入院前は缶コーヒーなどを毎日10本ほど飲んでいたようです。
それを止めたからかステロイド中止後の離脱皮膚炎は軽く済んでいました。

しかし、2週間くらいすると「淀キリには脱ステの秘薬があるのと違いますか? 早くそれを処方してください」と言い出した。
「そんな物はないよ、ステロイドを使わないという事は自然治癒力を向上させてそれに依拠して治癒をはかることです。そのためには早寝早起きして、バランスよく食べて、前向きな考え方が出来るようになり、笑顔で暮らせるようになることです」。

笑う門には福来るといわれるように免疫力が高まる、逆に不安やマイナス情報に振り回されると免疫力は低下してくるというデータが少しずつ出てきていると説明しました。
いろいろ激論を交わしましたが、納得されて入院治療を続けられると、どんどん綺麗になってきました。

淀キリ時代はこの治療で時代の先頭を走っていると考えていました。尼崎医療生協病院に来て、機関紙の「民医連医療」を読んでいますと、今まで他の医師からは指摘されなかったことが、ここでは従来から行なわれたり、考えられたりしていたことが分かってきました。

全日本民医連顧問の莇 昭三先生が民医連医療2008年12月号に「わたしと民医連」という回想録のなかで「病気の治療は、まず患者自身が自分の病気を正確に理解すること。自分の病気について今日の治療の到達点を理解すること。そして医療従事者の指示を参考にしながら、自主的に治療に取り組むこと、それへの援助が医療従事者の仕事であること。つまり『医療とは患者と医療従事者の共同の営み』であることに、やっと思い至ったのです。」と書かれています。

1963年に慢性疾患の患者会を初めて、1983年の山梨勤医協問題の教訓として『医療とは患者と医療従事者の共同の営み』第26回全日本民医連総会方針に明記したとかかれています。

また同じ回想録の中で肥田舜太郎先生(全日本民医連顧問)が民医連医療2009年3月号で「医学が未だ未知の多数の被爆者の原爆病を診療して苦しんだ経験から、病気を治すのは病人の体と心が病気と闘う力であり、医師、医療人の役割は、疾病とたたかう病人の肉体と精神を支え、援助し、導き、指導する専門的な協力者であるという考えが私の中で大きく育っていた。そして、それは被爆者の医療に限らず、疾病の治療一般に共通する摂理なのではないかと思うようになった。」と書かれています。
やはり1964年ころに考えられたようです。

両先生の考えの基本が出来たのは私が医者になる前の話です。
私が医者になってからは分子生物学の進歩で新薬の開発はめまぐるしく、コンピューターや超伝導の進歩で内臓臓器の映像の進歩は目を見張る物があります。

しかし、アトピー性皮膚炎のように原因がストレス・不安・人間関係などのように実態のある物としてつかみきれないような慢性疾患は現在医療の恩恵をあまり受けていないし、今の情報社会の中でさらにストレスを溜め込んでいるようです。

最近阪神大震災後に淀川キリスト教病院時代に治療を受けて治っていた患者さんが立て続けに来院されました。一人はダイビング用品を取り扱う仕事をしている青年で綺麗になった写真入の年賀状を頂いていました。

「アトピーが春に悪くなって夏には良くなるが、金属アレルギーの検査をして欲しい。」と言って来院されました。
金属アレルギーがアトピーの原因ではありませんから、
「金属アレルギーが原因なら何故、春先に悪くて、夏に良くなる」
と説明して入院中のことを思い出して貰いました。
週に一度通院してもらいながら、アトピー性皮膚炎の原因から治療まで説明しながらナローバンド(紫外線)照射をしています。徐々に軽快してきています。

もう一人は他院で「皮膚生検をして酒さ様皮膚炎」といわれてステロイドを塗っている、なかなか良くならないから1ヶ月以上薬を塗っていませんと真っ赤な顔で来院されました。
酒さ様皮膚炎ならステロイド軟膏の中止ということは30年以上前に皮膚科では方針が決まっています。だから酒さ様皮膚炎だけではありません。

アトピーが悪くなるということは何かを溜め込んでいるからです。ステロイドを止めるだけで良くなる酒さ様皮膚炎とは別の治療が必要ですと「早寝・早起きバランスよく食べる、言いたいことが言えてやりたいことがやれるが必要です」ということを確認しました。

もう一人は「5年前に顔面がじくじくになって大変な思いをしたがその後良くなってなんともありません」と言ってアトピーの酷い甥ごさんを連れて来てくれました。
その甥ごさんは温泉治療で「体に溜まった悪い物が吹き出ています。だからこれで良いのです」などと言って、連れて来られたことを不服そうにしていました。

それは間違っているよ、出ているのは浸出液でリンパ液みたいなもので、決して体にとって悪い物が出ているわけではない。止めるに超したことは無いが、確実に止められるのは今の医学ではステロイドしかない。
この状態を火事に喩えて「消さないと燃え尽きてしまう」と言ってステロイドの使用を促す論調もあるが、火事だと消さないと燃え尽きてしまうが、アトピーは火事ではないから消さなくても(ステロイドを使わなくても)消える。
しかし、民間療法などで良く使われる「好転現象」などでもない。
そして、既に述べたような正しい情報を提供すると「目からうろこですね」と言って不服そうな顔つきが明るい顔になって帰っていきました。

3度目の来院の時には夫婦で来院され、「明るくなりました、笑顔が増えました、子供の面倒も良く見てくれます」と言っていました。どんどん良くなって3ヶ月くらいで職場復帰も果たし、卒業されました。

淀川キリスト教病院の「全人医療」に加えて、淀キリ時代に確立したアトピー性皮膚炎などの慢性疾患の治療理念は尼崎医療生協病院では既にだいぶ前から確立されていた理念のようです。
だから非常に働きやすい職場です。

アトピー性皮膚炎の治療効果は尼崎に来てからの方が高いように思います。それは淀キリでは忙しすぎて、患者一人に割ける診療時間が少なくて、私の発する情報が薄まってしまってマイナス情報に接する時間が多いからではないかと思います。

何人も入院していますと「自分のことは自分が一番良く知っている」と間違った情報を改めようとせず、患者間で間違った情報交換をしてしまう。
診察室を出るとインターネットやマスコミを通じて「これが良い。あれが良かった」と洪水のような情報が流される。
アトピー性皮膚炎の治療はステロイドを止める事と思っている人も居ます。こういう人達に十分な時間を取って説明することが可能になっている。

これがより「二人三脚で」に近づく道かなと思っています。


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